近年、不登校問題は低年齢化しており、特に小学生の不登校が急増していると言われています。2020年度の文部科学省の調査によると、19万6000人もの小中学生が不登校だという結果が明らかになりました。
私は現在、教員として勤務する傍ら、不登校など学校不適応の問題に苦しむ子どもたちを支援する仕事もしています。教員とは少し違った、学校と家庭・当該児童生徒の間をつなぐ役割を担うようになってみて、不登校問題解決には保護者や家庭への支援が重要ということを強く実感するようになりました。
そんな中出会ったのが、フリースクール元気学園の校長を務める小林高子先生が執筆された『不登校、頼ってみるのもいいものだ』という書籍です。
不登校が長期化する原因や、不登校の子どもをもつご両親が心がけること、子どもを助ける親になるための行動のヒントなどが分かりやすくまとめられています。
この書籍は保護者や家族向けに書かれたものですが、教員として不登校児童生徒やその保護者に対してどのような支援を行う必要があるのか、そのヒントが見えてきました。
ご両親のサポートがなければ学校復帰は難しい
私は以前高校の教員として勤務してたのですが、自分の担任するクラスに不登校などの学校不適応の問題を抱える生徒が在籍することが多かったです。
不登校の原因は様々ですが、私が担任した生徒の場合だと…
・環境の変化(進学や進級で人間関係や生活環境が大きく変わったことによるもの)
・人間関係のもつれ(仲の良かった友達との距離感が変わった等)
・保護者との関係
・健康上の問題(ストレスから体調不良が長期化し登校が困難になる)
が主なものでした。
高校は義務教育ではないので、成績や単位の問題以前に出席日数が足りなければ進級することができません。本人が学校に前向きになるまで気長に待つということができないため、不登校が長期化する前に早急に対応する必要があります。
私が担任した生徒に限った事例ではありますが、無事に進級・卒業することができた生徒たちに共通するのは、ご両親が最後の最後まで諦めなかった・踏ん張ることができたということでした。
残念ながら全ての学校や教師が不登校に理解を示しているわけではないというのが現実です。「不登校は甘え」「高校は義務教育ではないのだから無理に学校に残す必要はない」というご意見をお持ちの先生もいらっしゃいます。ですが、様々な偶然が重なって自分の勤務する学校に入学し、自分の担任するクラスに在籍することになったお子さんです。各学校段階によって状況は異なると思いますが、教師が日々不登校の子どもと接する中で取り組んでいることにプラスするかたちで、ご両親へのサポートもできると状況は変わっていくと思っています。
不登校を長期化させる「3つの壁」
小林先生は本書の中で、不登校は二重構造から成っていると指摘しています。
A:学校に行かない/行けない不登校の原因(教育エリア)
B:親の言うことを聞かない/意思疎通ができない親子の葛藤(感情エリア)
更に、不登校を長期化させる背景には3つの壁があることを指摘しています。
※こちらの図は書籍に掲載されている図を再現したものです
「人間関係が上手くいかない」「勉強についていけない」など不登校になってしまった理由が「第一の壁(教育エリア)」に当たります。やがて学校に行けない日が増えてくると、子どもを一番近くで見ている保護者は不安を抱え、イライラを募らせてしまうこともあります。すると子どもとの衝突も増えてきます。これが「第二の壁(感情エリア)」です。そして、不登校が長期化してくると「第一の壁」と「第二の壁」の間に「時間の壁」として「第三の壁」ができてきます。
小林先生は不登校の解決の方向をB(感情エリア)→A(教育エリア)と示しています。不登校の本来の原因に向き合うためには、親子の関係をより良いものにする必要があると指摘されています。
そもそも不登校は「解決する」必要があるのか?
近年は不登校への社会の理解も進んできたように思います。学校以外のフリースクールなどを広く教育の場と認める流れにもなってきています。そもそも不登校は解決する必要があるのでしょうか。学校に復帰させることがゴールなのでしょうか。
小林先生は不登校の難しさについて次のように述べています。
「不登校の難しさは、生きていくための力をつける時期である10代にその準備をせずに大人になっていくこと」
これについては私も同意見です。私は、学校の本来の目的は勉強以外のところにあると思っています。学校は、同年代の子どもたちや、家族以外で一番身近な大人である教師と生活を共にする中で、社会で生きていく力をつける場所です。今は働き方や暮らし方も多様になってきているので、人と関わらずに生活することも可能かもしれません。ですが、人や社会と一切関わらずに生きていくということは不可能です。また、「自分」がどんな人間なのかという認識は、他者と関わる中で形成されていくものだと考えています。社会復帰する先が学校ではなくフリースクールでももちろんいいと思います。ただ、不登校の状態を許容し過ぎると問題を先送りすることになってしまいます。
小林先生は、不登校の裏で行われる「もう一つの教育」についても指摘しています。不登校の子どもの多くに共通しているのは、昼夜逆転するほどにゲームやSNS、ネットに熱中しているということです(もちろん必ずしもそうというわけではありませんが)。私が現在関わっている不登校のお子さんも、日中はゲームをして過ごす、翌日は学校に行くつもりで早く寝ようとするが結局ゲームをやめられずに親に隠れて明け方までやってしまうというお子さんが多いです。ゲームやインターネットがストレスを発散する手段になっている場合もあるので、今すぐ取り上げることが逆効果になることもあります。しかし、それらが子どもにとっての居心地の良い場所になってしまうことが心配されます。
小林先生はそういった「もう一つの教育」の場で「世の中の見方や考え方といった部分で自分を正当化するような独自の価値観をつくりあげていっている」と言います。つまり、「自分のように学校に行かない人は世の中にたくさんいるのだからこれでいいのだ」という価値観を身につけ、学校や社会に復帰するための意欲そのものを失ってしまうことが問題だということです。
親も子どものことをあまり知らない
小林先生は、保護者と面談する中で「親も子どものことをあまり知らない」と感じたと述べています。これは私自身も実感していることです。
保護者との面談の主な話題は生徒の学校での様子についてです。成績面よりも、こちらを気にされている親御さんはとても多いです。特に当時勤務していた学校は、高校入学以前に学校生活に躓いた経験のある生徒が比較的多い学校だったため、お子さんの学校での様子を気にされる親御さんもいらっしゃいました。
「うちの子は小学生の頃から学校ではあまり自分を出せないんです。担任の先生にもおとなしい子というイメージをもたれがちで、あまり自分から話そうとしないので先生にも迷惑をかけてしまっているかも…」
「夜遅くまで遊び呆けていて、親の言うことも聞きません。勉強もろくにしないので、高校を卒業できないんじゃないかと心配しているんです」
「うちの子は学校の様子を何も話さないので、友達と上手くやれているのか、学校は楽しいのか分からなくて心配になります」
などなど、ご家庭の数だけ悩みのタイプも様々です。
保護者や家族は、子どもの学校での様子をよく知りません。というより、知るための機会が限られているので、それは仕方のないことです。思春期になれば、親に対する自分と友達や教師に対する自分を分けたくなるものですし、家以外での自分というものをあまり親に知られたくなくなるものです。
教師が「頼れる存在」になるために
「親も子どものことをあまり知らない」。ここに、教師だからこそできる支援があると思います。教師は保護者の知らない子どもの一面を知ることができる立場にあります。
小林先生は「子どもの理解には、読み解きのヒントをくれる人の存在が欠かせない」と述べています。不登校をはじめ、子どもの成長に何らかの不安や戸惑いを感じている親御さんは、今目の前にいる子どもの姿に一喜一憂しています。それは小中学生に限ったことではなく、高校生も同様です。もちろん、子どもの良いところだけでなくその逆も含めて学校生活の様子を的確にお伝えすることが必要ですが、特に不安や戸惑いを感じていらっしゃる方には家族が知らないであろう子どもの良い姿を積極的にお伝えすることが重要だと考えます。冒頭でも触れた通り、不登校などの問題の解決には保護者のサポートが不可欠です。ネガティブな側面ばかりに意識が向いてしまわないように、教師からの情報提供で「うちの子にはこんな一面もあるのか!」と少しでも前向きな気持ちになってもらえたら、「また明日も学校に行く時間に起こしてみよう」「元気になってもらえるようにおいしいご飯を準備しよう」というように、気持ちを仕切り直すことができるかもしれません。
小林先生は「親のメインの仕事は、(子どもの)トレーナーではなく(子どもの)心のケア」と述べています。ではその「親の心のケア」は誰が行うのでしょう?親も一人の人間です。誰かに頼ったり助けを求めたりしたいこともあるはずです。その「親の心のケア」を教師が行うというのが私の考えです。教師と保護者が一人の子どもの成長を共に見守るチームメイトのような関係になることが不登校支援や生徒指導においては重要です。保護者にとって教師が「頼れる存在」になるために、保護者への連絡やコミュニケーションを密にするとともに、子どもの多様な姿を共有し合うことで信頼関係を築いていくことが大切だと考えます。
まずは家が子どもにとって安全な居場所になるように
不登校はある日突然、急に始まったと思う方が多いですが、実際には休み始める数ヶ月〜数日前にはその予兆となる行動が見られます。その予兆は子どもによって様々で、振り返ってみて「あれが予兆だったのでは?」と後々気づくことも多いです。学校生活を送る中で「行きたくない」「休みたい」という気持ちの種が少しずつ少しずつ積み重なって、もう無理だ!となった時にパタリと休み始めます。学校が子どもの心身の安全を脅かす危険な場所になってしまったから、家にこもるようになるのです。
不登校のお子さんをもつ保護者の方によく伝えられるのが「まずは家が安全な居場所になるように」ということです。不登校は初期対応が重要なので、多少無理をさせてでも登校を促したくなってしまうものです。学校側も不登校を長期化させないためにあの手この手で子どもを教室に誘います。ですが、まずは消耗してしまった心を癒し、学校に行くためのエネルギーを蓄える必要があります。そしてそのエネルギーを蓄える場所が「家」です。家庭内の葛藤(冒頭で触れた「親子の葛藤」・「第二の壁」)を解消し、不登校の本来の原因にアプローチするために、教師が第二の壁の解消に介入することも必要なのではないでしょうか。