宮口幸治(2019)『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮新書)を読んで

書籍の概要

児童精神科医である筆者は、多くの非行少年たちと出会う中で「反省以前の子ども」、つまり自分が犯してしまった罪の重さや事の重大さを認識できずにいる子どもが大勢いるという事実を目の当たりにします。自らの行為を見直したり反省したり、更正に向けて努力したりするために必要な力が弱く、また「ケーキを等分に切る」ことさえも難しいほどに認知能力が低い非行少年もいると言います。

彼らの過去を振り返ってみると、勉強ができずに悔しい思いをしたとか、いじめに遭っていた、あるいは虐待を受けてきたといった様々な背景が見えてきます。しかしこのような複雑な背景や困難さを抱えているのは非行少年に限ったことではなく、一般の学校に在籍する子どもたちにも見られる問題です。

子どもたちが自身の困難さのサインを出し始めるのは小学2年生頃からだと言われています。その多くは保護者にも教師にも気づかれないまま見過ごされ、中学生以降に問題行動として顕在化したり、うつ病などの精神疾患を発症したりするケースが少なくないと筆者は言います。こういった問題は、医療・心理分野からだけでは救えないものも多く、全ての学習の基礎である認知機能への支援を行う必要があると考えられています。その一躍を担うのが学校教育であると筆者は指摘しています。

本書では、問題を抱える子どもたちに「自己への気づき」の機会を与え、「自己評価の向上」を促すための指導のヒントや、問題を抱える子どもを前にした教師が行うべき支援などが様々紹介されています。

「褒める教育だけでは問題は解決しない」

私はこれまで高校の教員として教壇に立ってきました。不登校や学校不適応、複雑な家庭環境で育った生徒、人間関係の構築に困難を示す生徒など、様々な問題や困難さを抱える生徒を担任することが多かったのですが、中でも指導が難しかった事例が2つあります。

この2人の生徒に共通していたのは「気さくな人柄」ということでした。ハキハキとした受け答えができ、初対面の相手にも明るく接することができます。一見すると問題のない子、むしろクラスの中心となって場を明るくしてくれそうだという印象を抱きやすいです。そのため問題行動が発言しても教師の目に留まりにくく、勉強が苦手でも、多少忘れ物があっても人柄が良ければこの生徒は大丈夫だと楽観視してしまう危険があります。おそらくこの2人の生徒もそのようにして見逃されてきたものと思われます。

生徒Aが最も苦手としていたのが、課題の提出日を守ることでした。日々の授業や長期休業中に出される課題を期日までに完成させることができず、「できない子」と思われたくない気持ちから嘘や誤魔化しを重ね、課題からも自分自身の困難さからも逃げようとしていました。初めのうちは毅然とした態度で指導をしたり、期日に提出できた際には褒めたりといった一般的な指導をしていたものの、変化は長くは続きませんでした。

宮口(2019)は、「褒める教育だけでは問題は解決しない」と指摘します(p.29)。

褒めることよりも、忘れ物をしないような注意・集中力をつけさせなければ問題の根本的な解決にはならず、褒める教育は問題の先送りにしかならないと言います(p.29)。

生徒Aの特性や生育歴、学習の様子を継続的に見ていく中で、この生徒は時間の見通しをもつことや計画を立てて行動することに極度の困難さを抱えているということに気がつきました。そこで、長期休業中の課題を1日にどれだけこなせば期日までに終わらせることができるのかを表にまとめ、その計画通りに課題に取り組ませる指導に改めました。家庭にも協力を仰ぎ、その日のノルマを達成できたかを毎日確認していただきました。提出日までに残された時間と、取り組まなければならない課題の量が可視化できたことが効果的だったのか、その指導に切り替えてからは提出期日を守ることができるようになりました。

宮口(2019)は、時間の概念が弱い子どもは昨日・今日・明日の3日間くらいの世界の中で生きており、場合によっては数分先のことすら管理できない子どもも少なくないと指摘します(p.54)。生徒の特性を見極め、それに合った指導を提案することが教師には求められると改めて実感させられました。

「ダメだとわかっているのにやめられない」のはなぜ?

生徒Bは気持ちを言葉で表現したり、ストレスをコントロールしたりすることが苦手で、感情的になるとすぐに手が出てしまう傾向がありました。一度感情的になると、物に当たったり相手を叩いたりといった衝動を止めることができなくなってしまうため、複数の教師から厳しく叱責されることも少なくありませんでした。しかし「自分は何も悪くない」という気持ちが本人の根底にあったため、指導を受けることがかえって本人のストレスとなり、問題行動が繰り返す状態になってしまいました。

担任としては、生徒Bとの交換ノートを作成し、そこに日々の出来事や怒りを感じたことを書かせ、感情を小出しにできるよう努めました。徐々に落ち着いた学校生活が送れるようにはなったものの、生徒Bは「ダメだとわかっているけど止められない」という葛藤を抱き続けていました。

宮口(2019)は、コミュニケーションが苦手、感情的になりやすい、相手のことを考えずに行動してしまうといった非行少年によく見られる特徴を6つ提示しています(pp.47-48)。

①認知機能の弱さ

②感情統制の弱さ

③融通の利かなさ

④不適切な自己評価

⑤対人スキルの乏しさ

⑥身体的不器用さ

私は生徒Bに対し、心理面からの働きかけにばかり注力していましたが、感情をコントロールしたり予想外のことに対応したり、相手の立場になって考えたり想像したりするといった思考には「認知機能」が大きく影響します。本人の困難さに寄り添い、悩みを聞き出そうと努めても、本人の認知能力に何からの問題がある場合にはそれが効果的に働かないことも少なくないということが見えてきます。上記の特徴を理解しておくことで指導を改善できたり、専門機関の協力を得たりすることも可能になります。結果的に、本人の苦しみを少しても緩和することができるかもしれません。

目に見える子どもの姿だけで判断しないために

生徒指導において重要なのは、目に見える子どもの姿だけで判断してはならないということだと考えます。その子の特性や生育歴、本人が抱える困難さとしっかり向き合い、考えうる可能性を様々想定しながら、医療・福祉・教育の様々な視点から支援方法を考えていくことが重要だと考えます。そのためのきっかけや新たな視点に気づかされる作品でした。教育関係者のみならず、教員を目指す学生さんや保護者の方々にもお勧めしたい作品です。