「繊細さん」が教員になって《生徒指導編》

「繊細さん」という言葉をご存知ですか。2018年に出版された武田友紀さんの『「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる「繊細さん」の本』(以下『「繊細さん」の本』)が話題になったことで浸透した言葉です。

「繊細な人」は、アメリカの心理学者エイレン・アーロン博士が提唱したHSP(Highly Sensitive Person)という概念がもとになっています。繊細な人がもつ「繊細さ」は、性格上の問題ではなく、生まれ持った気質の可能性が高いとされています。「敏感すぎる人」「とても敏感な人」は、5人に1人の割合で存在すると言われています。

私は幼い頃から家族や友人、周囲の人たちの気持ちや状況をとても敏感に察する子どもでした。その傾向は小学3年生くらいから特に強まり、教室の中にいると「あ、もうすぐ先生怒りそう」とか、「あの子とあの子、最近ちょっと様子がおかしいな」「あの子は私のことが嫌いなんだろうな」とか、いろいろな情報を感じ取ってしまうため、学校から帰宅する頃になるとヘトヘトに疲弊しきっていました。

そんな自分が「もしかして私はHSPなのでは?」と思い始めたのは、この本が出版された2018年頃、教員4年目のことでした。一般に「繊細さん」は、気がつきすぎて生きづらいと言われるようですが、繊細な気質を持っているからこそできる仕事、繊細だからこそできることがたくさんあると感じています。今回は「繊細さん」の傾向のある自分が教員になってみて感じたことを、《生徒指導》の観点にフォーカスしてまとめてみようと思います。

「繊細さん」とは?

『「繊細さん」の本』には、「繊細さん診断テスト」というものが掲載されています。一般に繊細さんによく見られるとされる傾向の一部を抜粋しておきます。

・自分を取り巻く環境の微妙な変化によく気がつくほうだ

・他人の気分に左右される

・光や音、手触りに敏感

・人が何かで不快な思いをしているとき、どうすれば快適になるかすぐに気づく

・生活に変化があると混乱する

・あまりにもたくさんのことが周りで起こっていると、不快になり神経が昂る

このほかにも様々な特徴が書かれているので、気になる方は本書をご覧ください。

私はこのうち、「自分を取り巻く環境の微妙な変化によく気づく」傾向が特に強いと自覚しています。相手が気持ちや考えを言葉にしなくても、表情や仕草、声のトーンなどから相手が何を望んでいるのか、何を考えているのかを感じ取ってしまいます。察することが得意が故に、自分が知らなくてもいい情報まで自分の中に入ってきてしまい、子どもの頃は学校やクラスといった環境が苦痛で仕方ありませんでした。(そんな自分が今や教員として教育現場で働いているので、人生何があるか分かりませんね)

繊細さは「生きる上でのベース」

武田さんは『「繊細さん」の本』の中で、“繊細さんにとって繊細さは「生きる上でのベース」“と述べています。「繊細さん」は「感じる力」が強く、感じる対象は多岐にわたるとされています。

【人間関係に関するもの】

・人の感情

・場の雰囲気

【自分の外側にあるもの】

・光や音、気温

・環境の変化

【自分の内側で起きていること】

・体調

・自分自身の気持ち

・新しいアイデア

私自身もこれらのことに気がつきすぎるという実感があります。頭の中が常にフル回転していて「気が休まらない」状態が続いています。ですが、これが自分にとっては当たり前の状態なので、「ああ、今の私は苦しいな」とか「気が休まらなくて辛いな」とかそういう気持ちが顕在化することはほとんどありません。

冒頭でも触れたように、「繊細さ」は生まれ持った気質の可能性が高いです。あえて鈍感になろうとすることは自分自身を否定することでもあり、かえって自信や生きる力を失ってしまう可能性もあると、武田さんは述べています。目に見えるものはどうしても情報として目に入ってきてしまうし、聞こえるものも聞こえないふりをしても耳に入ってきてしまう。感じないようにする・見えないふりをするということができないのは、繊細さが「生きる上でのベース」になっているからなのです。

繊細さを生かす

私の場合、繊細な気質・HSPの傾向をもつが故に苦しさを感じていたのは学生時代(特に小学生〜高校生)でした。社会人になってからは苦しさを感じる機会が学生時代に比べて格段に少なくなったと実感しています。それは、年齢を重ねるごとに繊細さを上手くコントロールする術を身につけたということもあるかもしれませんが、第一に、今の自分が繊細さを活かして仕事ができているからだと思います。

2022年3月現在私は教員7年目ですが、ありがたいことに「先生はいつも生徒に寄り添ってくれる」とか「先生がうちの子の話をたくさん聞いてくれたから学校を続けられた」などと言っていただくことがあります。また、「先生は生徒のことをなんでもお見通し」などと言う生徒もいます。私自身、生徒一人ひとりと向き合い、寄り添うことのできる教員でありたいと思って日々の職務にあたっているので、こういった言葉をかけていただけるのはとても嬉しいことです。それも、自分が繊細な気質を持っているからこそだと思っています。

【生徒の小さな変化に気づきやすい】

ホームルームや授業で教卓の前に立っていると、生徒の様子がよく見えます。それは、「真剣に話を聞いているな」とか「眠たそうにしているな」とか、はたまた「授業そっちのけで別の授業の課題をやっているな」とか、そういった目に見えて分かる生徒の表情や態度だけでなく、「最近元気ないな」とか「何か考え事をしてるな」とか「落ち着かないな」といった言語化されない心の内もなんとなく見えてきます。

その他にも、生徒の交友関係の変化に気がついたり、言葉遣いの乱れから何かしら環境に変化があったのではないかといったことも見えたりします。

「最近○組の△△さんの様子が気になるんですが」と学年主任と何気なく会話した数日後、その生徒が問題を起こして指導を受けたといったこともありました。

小さな変化に気づくことができるため、問題を未然に防止したり、生徒の悩みを早い段階で聞いたりすることができます。

【繊細な生徒の気持ちを理解できる】

クラスの中には自分と似た繊細な気質をもつ生徒がいることがあります。「クラスメイトの話し声が気になって集中できない」「○○さんの言葉遣いに傷ついてしまう」「隣の教室で他の先生が怒っているとそっちに意識がいってしまう」「先生が他の生徒を叱っているのを見ると、自分も叱られている気になる」といった相談を受けることがあります。自分も子どもの頃、「そんなの気にしないでいいよ」とか「そんなのいちいち気にしていたら疲れちゃうよ?」と親や先生から言われたことがあります。ですが、気にしないということができないのが「繊細さん」です。

そんなとき、同じ繊細さんとして気持ちを理解してあげることができます。武田さんは著書の中で、繊細さんは「感じる力」が強く、相手の話を深く受け止めながら聞いたり相手のニーズを感じ取り細やかにケアすることができると述べています。「繊細さん」には聞き上手な人が多いということです。また、価値観の異なる相手であっても簡単には否定せず、話の背景に思いを馳せておおらかに聞くことができるため、話し手からすると安心して話せるし、受け止めてもらえる感じがするとも述べられています。私自身、武田さんの『「繊細さん」の本』を読んで、これまで漠然と感じてきた苦しさやモヤモヤの正体が分かり、「生まれながらの気質なら仕方ない!」と、自分自身をおおらかに受け止めることができました。自分のことを理解してくれる人・モノの存在はとても心強いものです。

また、気持ちの保ち方や意識の逸らし方をアドバイスすることもできます。細かな刺激や情報を拾わない「非・繊細さん」も世の中にはたくさんいるということや、人の価値観は多様であるということ、相手は特に深く考えずに言葉を発しているだけかもしれないといったことを伝えることができます。特別支援学級などでは音に敏感な子どもが耳栓や防音用のイヤーマフをつけていることがありますが、音に非常に敏感な場合にはそういった対処法があることを提案することもできます。『「繊細さん」の本』では、目からの情報や光に敏感な場合の対処法として、伊達メガネを着用してフレームの範囲内だけを見るようにすることや、レンズを1枚通して見ることで楽になるといったことが提案されていますが、そのような方法も紹介することができます。

「繊細さん」だからこそ分かることがあるため、理解を示した上で一緒に対策を練ることができます。

【非・繊細さんに多様な価値観があることを伝えることができる】

突然ですが、これはどんな時の表情だと思いますか?

これは特別支援教育などでよく使用される「表情カード」の1枚です。

私には「困ったな」「まずいことになったぞ」「大丈夫かな」「心配だ」といった表情に見えます。実際のカードには「緊張している」時の表情であると書かれています。1つの表情からもいろいろな気持ちが見えてきます。

では、この表情はどうでしょう。

私には「え〜、嫌だな」「めんどくさいな」「やりたくないな」という表情に見えます。ですがカードには「どうしよう、決められない」とあります。やはり、表情の読み取り方は人それぞれ、というか想像力を働かせるといろいろな気持ちが見えてくるなと感じます。(カードに示された本来の意味を思いつかなかったのは私の読み取りのセンスがないだけでしょうか…?)

同じものを見ていても人によってその見え方は異なるということや、同じ言葉を聞いても何も感じない人もいれば過敏に受け取り傷ついてしまう人もいるということを伝えることで、言葉遣いや他者との接し方に配慮する大切さを教えることができます。もちろん、「非・繊細さん」な生徒だけが気をつけなければならないということではありません。ですが、「非・繊細さん」の生徒に「ちょっとその言葉遣いはきついな」と声をかけると、「え!本当に?そんなつもりで言ったわけじゃないんだけどな」という言葉が返ってくることが多いです。自分自身も相手の言葉や雰囲気を敏感に感じ取ってしまう分、先回りして問題に対処することができます。生徒同士の大きなトラブルに発展してしまう前に、「こうするといいよ」というアドバイスをすることができるのも、「繊細さん」ならではの強みだと思っています。

「学校を出たら学校のことは考えないほうがいいよ」というアドバイス

仕事を終えて電車に乗っている時、テレビを観ながら夕飯を食べている時、お風呂に入ってぼーっとしている時、布団に入ってアラームを設定している時、ふとした瞬間に仕事のことを思い出してしまいます。「今日の授業、上手くいったな」とか「今日のあの生徒の発言面白かったな」とかポジティブなことばかりならいいのですが、「あの生徒が落ち着かないのが気になるな。何かあったのかな。そういえばあの時…」「明日は会議がある。何事もなくすぐ終わればいいんだけど。でもこの前あんな問題があったからきっと長引くだろうな…」などと、ネガティブなことを思い出すと途端に余計なことまで頭をぐるぐる駆け巡ってしまいます。まさに「頭の中がフル回転」「気が休まらない」状態です。

こういう話をすると、「学校を出たら学校のことは考えないほうがいいよ」と言われることがあります。オン・オフをしっかり切り替えるためには「あえて考えない」ことも必要なので、私自身も納得のいくアドバイスです。ですが、「考えない」ということができないのが「繊細さん」の特徴です。こういったアドバイスならまだしも、「家に帰ってまで仕事のことを考えるなんて真面目だね」というような言い方をされることもあります。こういう物言いもさらっと受け流せず言葉を丸ごと受け止めてしまうため、ぐさっときてしまう…こんな時、繊細さをもつが故の苦しさを感じます。

冒頭でも述べたように、繊細さは生まれ持った気質であるため、鈍感になろうとすることはかえって自分自身を否定することになります。そもそも、気づかないように・考えないようにすることができないのです。ですから私は、考えないようにすることをやめました

ポジティブなことを思い出すのは、それだけ小さな喜びに敏感に気づけているからだと考えるようにしています。反対にネガティブなことで頭がいっぱいの時は、それだけ物事を真剣に考えている証拠、明日はもっと良い1日にしようと準備している証拠と考えるようにしています。

このことについて武田さんも、「繊細さん」は「繊細な感覚を通して多くの喜びを感じて生きている」と述べています。「誰かの笑顔や優しさが嬉しい」「大きく感動したり、深く温かな気持ちになる」というのは「繊細さん」ならではの感情です。

繊細だからこそ、傷つきやすいからこそできることがある

繊細な気質をもつが故に苦しい思いをしてきた子ども時代を乗り越え、今の自分が自分らしく、自分らしさを活かして仕事ができているのはとても幸せなことです。教員を目指して勉強していた大学生の頃は、「自分はやや傷つきやすいところがあるけど、本当に先生としてやっていけるのかな」と不安になったこともありました。ですが、実際に現場に出てみると、繊細さを活かせていると感じる場面が多く、少しずつ自分に自信を持てるようになってきました。教員に限らず、繊細だからこそできる仕事はたくさんあると、『「繊細さん」の本』を読んで実感しました。一見すると生きづらい側面の多い「繊細さん」。でも、繊細であることを受け入れて、それを自信に変えることが大切なのだと気付かされました。

今回は生徒指導にフォーカスして書いてみましたが、教員は生徒と接する以外の仕事もたくさん抱えています。次回は「繊細さんが教員になって《職務編》」をまとめてみようと思います。

本当に怠けているだけ?夏休みの宿題が終わらない子どもへの対応

まもなく年度末。学校によっては春休みに宿題が出されるところもあるかと思います。

やや季節外れなタイトルではありますが、長期休業中の宿題が終わらない(終わらせられない)子どもへの対応について、私の経験をまとめてみようと思います。

そもそもなぜ宿題が出るのか

「先生!宿題ってどうして出されるんですか?」

と子どもから聞かれた時、皆さんはどう答えているのでしょうか。

逆に「どうして宿題が出されるんだろう?」と、誰もが一度は子どもの頃に考えたことがあるのではないでしょうか。

私は「学校が休みの間も家でちゃんと勉強してほしいからだろうな」と思っていましたが、教員…というより社会人になってみて、宿題の目的はそれだけではないなと思うようになりました。

夏休みの前半に全ての宿題を終わらせてその後は自主的に勉強をする子もいれば、早く終わらせた後は部活や遊びに時間を費やす子、夏休みを満喫しきって最後の最後に必死で宿題に取り組む子。過ごし方は様々です。要は、学校から出された宿題は「少なくともこれだけは勉強してください」という最低ラインの分量であって、大事なのは課された課題を期日までに仕上げて提出することだと思うのです。

本当に怠けているだけだろうか?

以前高校で担任した生徒に、提出物を期日までに出せない生徒がいました。長期休業中の宿題に限らず、日頃のちょっとした課題や保護者から預かる書類も含め、とにかく全ての提出物が遅れるのです。そういった生徒は決して珍しくなく、「遅くまで遊んでいて宿題を忘れていた」とか「そもそも親にプリントを渡していない」なんてことも高校生になると増えてきます。「終わらせたのに家に置いてきてしまった」という理由も、いささか先生には信じてもらえないことも多い理由ですが、大人だってそういう失敗をすることもあります。ですが、その生徒は放課後遊び呆けているわけでも、保護者とのコミュニケーションが取れていないわけでも、毎回家に置いてきてしまうというわけでもありませんでした。

あまりにそういう状況が続くので、ご家庭にもお願いして「今日こういう課題が出ていて、来週までに提出なので声をかけてあげていただけますか?」と協力をお願いしたり、「今日こういうお手紙を配布したので必ず目を通してください」と逐一連絡をするようにしました。幸いご家庭の方も大変協力的で、学校と家庭の両方からその生徒に働きかける関係をつくることができていました。

それでも、宿題を終わらせることができません。それどころか、終わっていないことを誤魔化すために何かと理由をつけ、それを悟られないように更に嘘を重ねるといった悪循環に陥ってしまいました。

放課後や家での過ごし方をそれとなく本人に聞いてみると、「宿題をやっているけど終わらない」と言います。宿題が終わらないのではなく、この生徒には「終わらせられない」何かしらの理由があるのかもしれないと考えるようになりました。

計画通りに進まない理由

長期休業前、特に小学校では「夏休みのしおり」のようなものが配られ、生活目標を立てたり、宿題や過ごし方の計画表を作ったりすることがあると思います。

中学生になると、定期考査のたびに学習計画表のようなものを作り、実際にどれだけ勉強したかを記録に残すということも行われるようになると思います。

ですが、事前に立てた計画通りに進められない子どもは決して少なくないと思います。(私もその一人でした)

特に定期考査の学習計画表が頓挫してしまう背景には、

①スタート(今日)からゴール(試験当日、提出日)までに残された時間の感覚が薄い

②ゴールまでのペース配分が分からない

といった原因が潜んでいるのではないかと思います。(当然、そもそも学習に前向きではないから計画通りにいかないということも考えられますが、それについてはここでは割愛します)

この2つの原因が、宿題や課題を終わらせられないということにも関係するのではないかと考えました。

特別支援教育に学ぶ

ADHD(注意欠陥多動性障害)は、年齢に見合わない「不注意さ」・好きなこと以外に対する集中力がなくなり、興味や関心を示さなくなる「多動性」・思いついたことをよく考えずにすぐに行動に起こしてしまう「衝動性」の3症状を主な特徴とする生まれつきの精神疾患です。その特徴の一つに、「忘れ物が多い・失くし物が多い」というものがあり、不注意の傾向が強い場合に見られると言われています。

その対策として、メモをとる習慣をつけたりチェックリストを作ってやるべきことを「可視化」したりといったことが挙げられています。

1日の流れや活動の順番を可視化するというのは特別支援教育でよく見られる方法です。冒頭で触れた宿題を終わらせることができない生徒は、見通しを持って課題を進めることに困難を示す傾向が強いのではないかと考え、学習計画が頓挫してしまう原因2つ(①スタートからゴールまでに残された時間の感覚が薄い、②ゴールまでのペース配分が分からない)と、「可視化」を掛け合わせた物をこちらで作成してみることにしました。

当時作成した宿題計画表を再現したものがこちらです。

1日にどれだけの分量をこなしていけば最終日に間に合うのかを表にして渡しました。

1日にこなす宿題の量を少なめに設定したり、友達と遊びに行ったり家族で出かけたりする日もあるはずなので「何もしない日」を作ったりするなど、無理なく取り組めるスケジュールを本人と相談しながら立てました。また、その生徒は1つの教科を長時間、数日に渡って取り組むことを苦手としていたので、同じ教科が続かないように配慮しました。ご家庭の方にも計画表を見ていただいて、予定通りに進んでいるか確認していただきました。

「高校生なのに1日にこれだけ?」と思われてしまうかもしれませんが、進学校ではなかったので学習のペースはとてもゆったりです。それでももっと勉強すべき!という意見もあるかと思いますが、まずは宿題を期日までに出すことが目標でしたので、

・1日にどれだけ取り組めばいいのか

・今日から夏休み最終日までに残された時間はどのくらいか

・どんなペースで取り組めば期日までに終わらせることができるのか

を意識させました。

成功体験が学習意欲につながる

上記の宿題計画表に沿って宿題に取り組んだ結果、その生徒は初めて期日通りに全ての宿題を提出することができました。夏休み明けの朝、とても清々しい表情で自席に着く生徒の表情は今でも鮮明に覚えています。当時その生徒が毎回提出日を守れないことについては学年でも問題になっていたのですが、全て提出できたことを朝のうちに学年の先生たちに報告すると、学年の先生たちから頑張りを褒めてもらえたようで、その生徒はとても嬉しそうにしていました。

後日、保護者の方と今回の成功体験についてお話したところ、その生徒は小学生の頃から宿題の取り組みが遅く、その度に注意を受け、放課後の居残りの常連だったそうです。「毎日決まった時間に机に向かって勉強に取り組めたのは初めてです」と、保護者の方も大変安堵されていました。

その後も課題が出るたびに一緒に計画表を作りました。計画表を使った学習に慣れてきてからは、自分で自分の予定を立てさせるようにしました。自分で立てた予定通りに課題をこなし、期日通りに提出できたという経験が学習意欲につながったようでした。

大人にも求められる「計画力」と「主体性」

2006年に経済産業省が「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」を「社会人基礎力」として提唱しました。

「前に踏み出す力〈アクション〉」「考え抜く力〈シンキング〉」「チームで働く力〈チームワーク〉」の3つの能力に、さらに12の能力要素が設定されています。その中に「主体性〈物事に進んで取り組む力〉」「計画力〈課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力〉」が含まれています。「主体性」については、新学習指導要領でも「主体的に学習に取り組む態度」というかたちで重要視されています。

今回取り上げた「夏休み(に限らず長期休業中の宿題)が終わらない子ども」への支援は、小学校段階から行われる必要がありますが、今回の事例のように高校生であっても支援が可能です。一人ひとりの苦手なこと、困難さを把握し、様々な手立てを考え実行することが大切だと気づかされました。

「やらなければいけないとわかっているのにできない」と苦しんでいるのは子ども自身です。先生の一工夫で長年の悩みや躓きが解決に向かうこともあるのだと私自身も実感した事例です。今後も個に応じた支援の在り方を勉強していきたいと思います。